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東京建築賞選考委員会 委員長 鈴木博之
 38回を迎えた東京建築賞は、24年3月5日を締め切り日として応募を求めた。応募資格作品は平成21年1月1日から平成22年12月31日までに竣工したものであるから、いずれの作品も、東日本大震災以前の竣工ということになる。逆に言えば、応募作品の多くは東日本大震災を経験した建築物ということになる。大震災を経て、また原子力発電所事故を体験して、建築におけるエネルギー消費のあり方、環境への対応のあり方、さらには都市のコンテクストのなかでの建築のあり方が意識されることとなった。
 今回の応募作品は戸建住宅部門19点、共同住宅部門18点、一般部門一類13点、一般部門二類24点、計74点であった。この応募作品数は前回の応募総数42点を大きく上回るものであり、第35回の応募数84点に迫るものであった。ここ数年の応募数の低迷に歯止めがかかったようであり、これが建築士事務所の意欲向上を反映するものであれば、まことによろこばしい限りである。今回の応募点数を見ると、戸建住宅部門と一般部門二類での伸びが著しい。戸建住宅部門への応募事務所が、この応募を機に、事務所協会会員として定着することが期待される。
 さて、個々の作品に関してはそれぞれの選評に譲るとして、この場では極めて個人的な印象を述べさせていただきたい。東京建築賞は小規模住宅から大型複合建築まで、あらゆるジャンルの建築がその対象となりうる。各部門ごとに評価をおこなうものの、つくづく建築の価値とは何かを考えさせられる。今回はジャンルを超えて、小規模な建築に建築の初心が窺われるものが多かったように思う。小住宅である「中目黒の家」、「日本大学理工学部船橋キャンパスサークル棟」、「流山の集会場」などである。これらの作品は、周囲に建築の表現を押し付けるのではなく、しずかにとけ込ませてゆく手法によって成立している。広い意味での環境共生型の建築といえようか。軽さのある建築のなかに、未来を感じたように思えたのである。
 これ以外にも、かつて設計したオフィスビルをリノベーションしながら、新しい機能と表現をもった社屋に生まれかわらせた「ミルボン東京オフィス」、明治神宮外苑のデリケートな敷地条件のなかに新しい施設をつくりあげた「明治神宮外苑研修棟」なども、細やかなスケール感覚に裏打ちされた作品であり、こうした感覚が現代に求められるものなのであろう。
 惜しくも入賞を逸した作品のなかにも意欲的な試みを示したものが少なからず見られた。造形的にすぐれた建築であることと、その作品がわれわれの生活環境や都市環境の向上に、どれだけ貢献するかという視点からの評価のバランスが、最終的な判断基準となった場合が多い。
 今回の東京都知事賞は共同住宅部門の「欅アパートメント」が受賞した。共同住宅部門では、大型のハイグレードな開発と、中小規模の個性的な開発作品に分極化が見られたように思われる。単なる不動産開発事業では、都市への提言とはならない。
 大型作品が対象となる一般二類には、工場、オフィス、学校など、多様な応募が見られ、激戦が繰りひろげられた。かなりの作品を現地で審査したが、結局環境性能的特質を備え、機能的には文化的性格の強い作品が入賞した。この部門の評価は、毎回のことながら、他の建築賞のジャンルとの重複関係もあって、極めてむずかしい。
 建築は、都市空間に視覚的喜びをもたらしてくれる造形的実践なのか、地球環境を見据えた環境調整装置というべきシステムに向かうのか、われわれの洞察力が問われている。東日本大震災からの復興を見据えながら、今後この建築賞にどのような応募作品が寄せられるかを、末永く見続けてゆきたい。